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 7月31日(日)
 平成の大合併の失敗
 理念と創意なき市町村合併

 平成の大合併は、成功でしょうか。失敗でしょうか。
 将来が決める問題ですが判定出来る幾つかの要素があります。この合併の最大の欠陥は、理念がない事です。合併によって市町村の体力を作り、自由な市町村経営を具体的に担保すると言った事は何もありません。
 理念については反論する方々も多く、「財政基盤の確立と行政運営の効率化」が合併の最大の狙いだと言われている。財政規模が大きくなる事は間違いありませんが、足し算をしただけで強い力になるのでしょうか。借金の多い者同士が合併しても、財政力指数が小さい者同士が合併しても、税収の無い所同士で大きくなったとしても何が出来るのでしょうか
 合併による効率化は長い視点から見ると効果があります。市町村長や議員等の特別職は確実に減りますし、総務課等の管理部門は退職者を補充しないでも済む様になり、少なく共職員数は削減出来るでしょう。
 しかし、一方で法律は「公務員の身分や扱いに不利益があってはならない」と規定しています。これは官僚国家のやりかたです。合併に対する職員の反対を抑えると共に、合併に反対する組合への配慮でもあります。ですから特別職が減っても職員の給与は高い方に合わせるか、バラバラの儘定年迄職員給与の是正をしないかの二者択一になります。
値上げをしますと当分の間は経費削減どころか、職員が減り始める迄はかえって経費増が続きます。
 給与はサラリーマンにとっては生命線です。合併した際に、市町村間の給与を調整しないと出身市町村によってサラリーに差が付き、これは退職金に迄影響してしまうので、どうしても高い方に合わせざるを得ません。
 民間の合併は、業務の効率化やリストラ効果が大きいのですが、市町村合併はこれとは大きく異なるのです。必然的でも自主的なものでも無く、理念無き強制合併であり、地方とのコンセンサスがない儘に国が始めた利益誘導の一つです。
 市町村議員の任期を合併後も最長2年間延長する議員在任特例や、議員の給与を高い地域に合わす事も当たり前の様に行われて居ます。
 地域の大型化が地域コミュニティを崩壊させる事は確実です。わが国はもう一度国家のあるべき姿を根本的に見直す必要があります。
 合併特例債は借金地獄
 5%の自己財源で95%の借入を国が許可(現在は地方が借入を行う場合でも国の許可が必要で簡単には出来ない)し、然も返済額の70%を国が地方交付税で肩代わりしますと言うのが合併特例債です。想定しているのハード的な公共事業です。合併した自治体は規模にもよりますが、最低でも150億円から2000億円規模で借金が許される為、市町村は大きな財源になります。
 従来から行っているハード事業を、ちゃっかり特例債に切り換えて行う事も可能なのです。財源に行き詰まった市町村が特例債に飛び付くのも解ります。
 更に合併した市町村に対して地方交付税も10年間は削減しないと言うお墨付きがありますから、これも魅力的です。
 ここで少し冷静に考えてみると、公共事業は沢山事業化出来るものの、5%の自己資金と30%の借金は市町村が支払わなくてはなりませんし、新たな施設に係わる維持費も近い将来発生します。出来た時から発生する人件費等もあるでしょう。
 地方交付税も現行の方式を保証すると言っても増額されるものではありません。合併によって税収が増える事はありません。むしろ減少して行きます。更に疑い出せば、財政破綻寸前の国が、これらの約束を守ると信じる事は極めて危険です。昭和の大合併の時も国は財源の確保をすると言っていたが約束を守りませんでした。 
 この様な現況で、もし民間会社だったら合併に踏み切るでしょうか。公務員は終身雇用制で、安い方の自治体職員の給与アップが必要で、特別職の削減分を上回るばかりでなく、更に議員迄給与を引き上げねば成りません。合併する市町村は政令指定都市を目指す大都市を除いて、現在でも「3割自治」と言われる程、国の財源に依存しているのが実態です。其処に何百億円と言う事業費の35%負担の支出が追加されます。どう見ても平成の大合併は失敗に終わるものと見ています。
 民間の合併には、ダイナミックな企業体質の改革が必要不可欠ですが、市町村合併にはそれがありません。
 合併したある首長にお聞きしましたら、「心配する必要はないよ。僕の任期は長くても2期か3期だから、合併特例債を使い終わった頃には私は辞任して、次の人が考えるよ」と言われてしまいました。
 私たちの住んでいるふるさとはどこに行くのでしょうか。
 <市町村崩壊  穂坂 邦夫>

 2,005年・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 12月31日(金)
 自分の思い
 今年は日本全体を見回すと、自然災害が多く、まず台風の襲来が日本列島を襲いまし
た。浅間山が噴火し、一方では地震が頻繁に起こり、最後には新潟中越地震が起こり多くの人が亡くなられました。今も被災地の人達は冬将軍迎えて大変だと思います。社会面を見てみますと殺人事件があまりにも多く又、無抵抗な幼児を誘拐し殺すと言う事が起きています。経済面を見てみると金融機関の不良債権は終盤となり、企業業績は来期も増益で明るい兆しです。政治面を見ると小泉首相は、国民に財政逼迫につき負担お願いしたが年金にしろ、市町村合併にしろ、はっきり説明しない。橋本元首相の一億円の件にしろ、自民党としてはっきり設明責任を果たすべきです。

 12月1日(水)
 森を楽しむ
 一歩森に入ると、木々、動物、光、土、微生物、そして、水。森の中の存在が全て互いに関わり合い、結び付いています。私達の垂井町も山があり、人それぞれ山の恩恵を受けています。人類の多くの発明や科学技術上の発見は、自然を理解する事で生まれて来ました。人と森との関わりは地球の未来を考える上で欠かせないものです。大事な事は人と自然との共生です。中学生以上には是非里山文化の楽しみ方を覚えて貰いたいものです。

 11月1日(月)
 森を楽しむ(マツタケ)
 秋の味覚と言えばマツタケ。40年程前迄は庶民にだって気軽に口に出来、当たり前の旬の食べ物でした。とはいえ当時でも、誰もが好き勝手に取れた訳ではなかった。マツタケ採りの名人は、血縁や友人にも自分だけが知っている採取ポイントは明かさなかった。所で、マツタケが高価になってしまったのは、松林の荒廃と減少が背景にあります。マツタケの菌糸は、成長力の旺盛な若い松の根で伸びる。しかも、落ち葉が厚く積もっていない痩せた土地が好ましい。松の枯れ枝や葉っぱは燃料として重宝されていました。人里近くにあって落ち葉の少無い松林には、そこしかマツタケの自生適地があった。所が、松林の風景は昭和30年代後半に入って一変する。その大きな理由の一つは、家庭の燃料事情の様変わりです。薪炭からプロパンガスに変わった。日々の煮炊きや風呂を沸かす為の燃料を、人々は山に求めなくなった。 やがて松林には枯れ枝や落ち葉が積もり始める。松枯れが進み、松林が減る。マツタケ菌が繁栄する条件は次第に失われていった。マツタケの消滅は、人々の暮らしが里山から遠ざかった事とは無縁では無いと思います。

 10月1日(金)
 読書の秋となってきました。
 今、遠い崖・アーネストサトウ日記抄を読んでいます。全14巻あります。ただし、8巻しか手に入れてません。1日3ページぐらいしか読めません。
 「一外交官の見た明治維新」の内容です。
 この外交官は、幕末から明治にかけて、通算すると約25年間、日本に駐在したイギリス人です。
  1.旅立ち 
  2.薩英戦争
  3.英国策論・・・只今読書中
  4.慶喜登場
  5.外国交際
  6.大政奉還
  7.江戸開城   未購入
  8.帰国     未購入 
  9.岩倉使節団  未購入
 10.大分裂
 11.北京交渉   未購入
 12.賜暇     未購入
 13.西南戦争   未購入
 14.離日     未購入

 9月1日(水)
 大型合併に何故反対するのか?
 1.平成の大合併は国に金がなくなったので、各市町村に合併して貰えれば、国は各市町村へ地方交付税出すのが少なくて助かると言う考えです。
 2.国は三位一体の税源移譲をすると言っていますが、財務省と総務省の綱引きをしてもなんら結論が出ていません。
 私たちは税源移譲がなされてから単独で行くか?小規模合併で行くのか?大型合併で行くのか?を十分に議論をし町民の皆さん提示して住民投票するべきです。
 3.国は平成の大合併に対して各市町村に指針を出していません。人口5,000人以下、10,000人以下、50,000人以下、300,000人以上の中核市、ど言う町作りを目指しているのか分からない点です。
 4.そもそも「自治体」とは、憲法の判例(1,963年)にも有る様に、「住民が経済的にも文化的にも密接な協同生活を営み、共同体意識を持っていると言う社会的基盤がなければならない」のです。合併は住民と住民との合意が有って始めて成功するものと思っています。垂井町民が神戸町や安八町や輪之内町の事が解りますか?逆に外の町の人が垂井町の生い立ちや物の考え方を理解しているのでしょうか?
 5.1市9町の合併は、大垣市だけが良くなり、周辺部の町は寂れます。垂井町でも、役場と商店街は、町の経済や文化の中心です。合併をすれば一気に寂れるでしょう。
 6.平成の大合併は大型合併にしろ、小規模合併にしろ、単独にしろ財政難をどう克服して行くのかが議論されていません。この議論をしっかりしておかないと10年後、20年後に問題が再燃します。
 7.30万人以上の中核市になりますと、新たに事業所税が掛かって来ます。我が垂井町にも全体で3億円程の税金が掛かると言われております。何処の町も今迄企業誘致をして来た結果、今日の町が有ると思います。事業所税が掛かれば企業誘致は非常に難しくなります。中小企業にとっても死活問題です。
 8.1市9町の合併で難しい事項は全て新市で決めると言っている点です。この事は垂井町が大垣市に対して白紙委任をする事に等しい。きちんと一つ一つ協議し、メリット、デメリットを町民に示すべきが本当だと考えます。
 9.大垣市を中心とした合併は、大垣市に一極集中し予算も人事も権限も大垣市に集まります。周辺部の町民の声は届かなくなり、最後には行政に対して無関心になります。
 10.今度の合併は住民一人一人が自ら責任を取るもので有って、行政や議員が責任を取れる問題では有りません。因って、大型合併賛成か反対かの住民投票をすべきです。

 8月1日(月)
 台風10号のお陰で2日程過ごし易かったです。台風の被害も無く、畑にとっては恵みの雨でした。
 7月28日中山道ウオーキングに行きました。行程は、垂井(自宅)から松尾山城迄です。垂井から関ヶ原駅迄1時間15分です。関ヶ原駅から松尾地区迄15分で行けます。此の地区には大海人王子の腰掛けの石を見学(唯の石)其の周囲は不破の関所があ有ったと言われています。其処から南へ15分程歩いて行くと松尾山城の登山口着きます。登山口から山頂迄1時間掛かりました。
 関ヶ原合戦地が一望出来強者共の戦いが目に浮かぶ様です。30分山頂で休憩し下山しました。山頂から関ヶ原駅迄1時間10分掛かります。関ヶ原駅から垂井駅(6分)電車で帰って来ました。此で垂井から京都三条迄走破しました。垂井から江戸迄何年掛かる事やら・・・・・・・

 7月2日(金)
 森を楽しむ(地球に優しい循環社会を目指して)
 木を塗装によって長持ちさせる技術は大昔より存在する。器具や装飾品、建築等に彩色、被覆して直接木地を曝さず紫外線や風雪から護る方法や、油脂等を含ませて汚れや腐朽菌に対抗する方法。蝋をコーティングして摩滅を防ぐ方法等、様々である。そして、そういう用塗を持った材料も、漆を始め、柿渋、荏胡麻の油や、イボタ蝋、はぜ蝋、紅柄、トノコ等自然から採取出来る物で、今でも容易に手に入る物ばかりである。
 所が、此うした技術も石油の出現によって大きく様変わりして、性能も飛躍的に向上したと言われて来た。作業性も良く、色や塗膜の耐候性に優れ、技術を機械化する事で製品の量産化に一役買って来た。結果、安くて綺麗な木製品が、大量に出来る様になったのである。私達は、非常に恩恵を被って来た。然し、是が今度は弊害を齎す様になって来た。これらの塗料から放出される成分が、化学物質過敏症の体質に反応してアレルギー等を引き起こす事が解って来たからである。
 思い出した様に今迄は過去の技術が紐解かれ様としている。木や植物を利用して暮らしを豊にする方法としての自然塗料への関心が高まっている。森の価値の見直しと循環出来る社会の仕組みにしたいものだ。

 6月6日(日)
 
明日香村ウオーキング。大人22名、子供1名。総勢23名。
 朝7時出発。霧雨が降り出す。亀山辺で本格的な雨降り。伊賀上野のドライブイン辺りで小雨、明日香村民族資料館では晴れ、無事天気も持ち楽しいウオーキングでした。

 3月30日(火)
 
垂井の水辺公園の桜も3分咲きになりました。又、鯉のぼりも風に吹かれて泳いでいます。今度の土、日が見所と思います。時間があれば見にきてください。 

  2月3日(火)
  市町村合併に思う。
  政府の財政支援による「合併特需」が地域経済を潤すというだけ。・・・・・・それも中心部だけに限られ、長くて10年程度の話である。合併にはしっかりした目標と設計が必要だ。
 自主合併を原則とする以上、地域住民の自主判断が可能となる様十分な情報提供とアイディアの豊富が求められます。住民に何故2005年迄に合併が必要か?と問われれば「いやその期限内で纏めなければ国の支援策を受けられないので」と言う答えしか無い様では発想が貧困すぎる。合併推進者に今自分達の住んでいる町の将来構想と理論武装はあるのでしょうか。要は合併効果を生み出そうという強い「改革意志」があるかどうかが問題だと思います。
 合併はあくまでも手段であって目的では無いという事だと思います。
 地域住民は、合併の論議を通じ地域の将来像を見据える事が大切です。合併は将来栄える地域を作る為である。従来よりコストが安く質の高い行政サービスを生み出す為でもある。地域住民の7〜8割の賛成が必要だ。
 自立出来る街創りを目指して
  1.風力発電にて自主財源を作る
  2.県立工業大学の誘致を目指す
  3.歴史と文化を活かした街創り
   a.関ヶ原合戦の再現
   b.中山道垂井宿を活かした街創り
  4.不破消防組合をーつにする。
    ※但し関ヶ原インターチェンジから5km以内に建設
  5.関ヶ原町野上地区に庁舎建設
  6.不破の滝を大々的に売り出す
  7.離山の西辺に梅林公園を建設
  8.明神湖の水を利用してミニ水力発電所の計画
  9.東海道線垂井駅のホームの増設(町の予算で以て全額負担   但し、大垣止まりの全ての快速を垂井止まりに、又、乗り換え無しで豊橋・浜松迄行ける事)
 10.水道水源税の創設(目的税)
     針葉樹と落葉樹の混合の山林を育成、山の崩落防止と保水能力を高め、山林公務員を創設
 11.行政事務を民間委託
     水道課、垂井ピアセンターの図書館、文化会館、保育園、給食センター等
 12.国道21号線の4車線化の実現
 13.企業誘致と住宅政策
 14.情報公開
 15.npo農山塾

 2,004年・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  11月23日(日)
  中仙道近江路ウォーキング実施。晴れ。総勢9名(男7名、女2名)。  
  豊郷駅から武佐駅まで15km約3時間40分。
  見所:五箇荘町近江商人屋敷と老蘇の森。
  楽しい一日でした。

 10月19日(日)
 今日は 選挙から半年たちました。館長始め皆さんには大変ご心配をかけました。ようやく気持ちの整理が出来ました。物事を前向きに考えて行きたいと思っています。
 ベル・ベリーノ主催の勉強会(日本の雅楽)も復活させました。来月はウオーキングをやりたいと思っています。

 10月31日(金)
 合併を考える会の会合があり、大型合併には反対の立場で行く事に決定しました。住民に解りやすく訴えて行くかを決め最終には、住民投票で決着したいと思っています。
 次回、決めた事をお知らせしたいと思います。

 2,003年・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 9月 4日(水)
 今、市町村合併が何処の町や村でも話題になっています。住民の合併に対する意識は低いと思われます。
 理由:メリット、デメリットが住民に知らされていない。人口規模の大きな所、及び、面積の大きな所(中核市 30万人以上 面積100平方km以上)。
 人口3万から5万の方が良いのか、議員として住民にとって将来何方が良いのか研究して結論を出したい。

 7月24日(水)
 
お盆も終わり毎日暑い日が続きます。7月24日 一人で中山道ウオーキングに行って来ました。滋賀県豊郷町から滋賀県野洲駅迄約25km歩きました。気温35度。唯暑かった。涼しくなってから歩く方が良い。

 2,002年・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 4月18日(木)
 垂井町の三大祭り
  一番目の祭りが4月14日伊冨岐神社で伊吹祭りが開かれた。神社に伝わる「伊冨岐神楽」が奉納された。神社はこの地の豪族、伊福氏の祖神を祭るといわれ「延喜式」などにも記述がある。1600年(慶長五)の関ヶ原の合戦で社殿が焼失したが、1636年(寛永13)に再興された。 神楽の奉納は1787年(天明7)、豊作と村民の安全を祈願して始まった。この日は、地域住民でつくる「伊冨岐神社神楽保存会」のメンバーが笛や太鼓ではやしを演奏。獅子頭をかぶったメンバーが十一演目を舞い、多くの見物客を楽しませた。

 3月31日(日)
 平成の大不況はどこに原因があるのか
 戦後民主主義の解釈の間違いなのか
 戦後日本がアメリカに洗脳されたのか
 日露戦争前まで日本人が有していた合理精神をなくしたからか
 何処に原因があるのか、書物や学者に聞いて勉強していきたい。

 2月15日(金) 
 垂井町定例議会 一般質問 質問者8名        
 1.垂井町にもバランスシートの導入を! 
 2.公共下水道事業における面整備工事を地元業者にさせてはどうか?
この2問を質問しました。

 1月14日(月)
 垂井町教育委員会主催の成人式について
 昨年から新成人による実行委員会を作り、成人式を執り行っています。
 今年も新成人による成人式が午前10時から厳粛に執り行われました。
 来賓は3名(町長、県議、議長)で2分位の持ち時間で祝辞を述べられました。司会進行係は新成人の女性がそつが無くやられました。来年からは新成人だけで行政は一切タッチせずに、新成人に任せたら如何でしょうか?1月14日成人式に出席して感じました。

 2,001年・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 12月15日(土)
 久し振り(13年振り)に新たに創設されたマンション管理士試験に挑戦しました。
 理解は出来る様になったが、記憶力は非常に減退し覚えても直ぐ忘れる。2ケ月間に一日1時間30分勉強すると決めて試験に臨んだがやはり難しい。忘れていた事を思いだしながら勉強しました。合格したか、不合格なのか1月末に結果が判ります。試験というのものは良いものではありません。

 11月20日(火) 晴れ 風なし 気温20度(絶好のウォーキング日よりでした)
  日本往来・東海道ウォーキング最終コース
 東海道本線小田原に下車 10時20分、箱根登山鉄道に乗り箱根湯本に下車所要時間15分300円、箱根湯本から本陣までバスで所要時間15分380円本陣後から箱根関所跡まで約6kmで約2時間10分でいけます。江戸時代の始めに植えられた杉並木が残っており感激しました。今回一緒に行かれた人は吉野(55歳)河合(72歳)の二人です。紅葉も綺麗でした。

 10月26日(金) 19時30分より22時00分まで
  ベル・ベリーノ勉強会を開催
  題        大垣藩と忠臣蔵
  講師      臼井   千吉先生
  出席者    9名(男7名、女2名)
  大垣藩は幕府から、藩の存亡に関わるような重大な仕事を仰せつかりました。それは、時の大垣藩第四代藩主戸田采女正氏定(四五歳)は、浅野内匠頭長矩と母が姉妹の従兄弟でありました。
   大垣藩重臣 戸田儀右衛門家に残された「忠臣蔵」関係の資料があります。この資料によつて講演していただきました。

 5月30日(水) 曇り 冠山の登山
 メンーバーは72歳、67歳、55歳の3人です。
 垂井を8時に出発、藤橋村、旧徳山村、冠山峠のコースです。
 冠山峠に9時40分に到着、9時45分出発、風が少し出てきた。冠平まで50分かかりまあま楽な道のりです。冠平から頂上まで10分ですが、岩場があり急です。足慣らしにはもってこいの登山だとおもいます。
 見所は、徳山ダムの工事現場の景観でした。

 

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最終更新日: 2006年 11月 10日 金曜日